しばらく海外に暮らしている人が、日本に帰った時に、それまでなんとも感じなかった日本の物事に不思議な違和感を感じることがある、という話はよく聞きます。人の多さであったり、至れり尽くせりのサービスであったり、深々とお礼をしてくれる店員さんであったり・・・。
私にとってここ1,2年のそのような逆カルチャーショックは、TVドラマの職場での絶叫シーンです。絶叫というと大げさですが、上司が部下を叱責するとき、先輩が後輩に発破をかけるとき、同僚同士で意見の対立があるときなど、登場人物たちはよく怒鳴っています、吼えています、大声で応酬しています。それがあたかも異文化のように見えるのは、私の知らないドラマを家族の誰かが熱中して見ている際に、私が単に傍観者として眺めているからかもしれませんが、日本の職場ってこんな感じだったでしょうか? 私も日本の職場は経験しており、いろんな方々から発破をかけていただく機会はむしろ多い方だったと自覚していますが、一歩引いてみるとこんな感じだったのでしょうか?
もちろん、ドラマですから演出もあります。普通の職場がそうでなくともドラマではそんな場面を作っているのかもしれません。仕事に対する情熱の証として、または後に来る和解を盛り上げるための一シーンとして。はたまた主人公に対立するいやな上司・同僚像の誇張として。しかし、見ていた私の家族には特段ドラマの現実離れしたシーンだとは感じられないとのことでした。
私がスイスの職場で経験したことを通して言えば、職場で声を荒げることについて人々の許容範囲はかなり狭いようです。国籍や育った環境にかかわらず、そういうことが起こってしまうことはありますが、怒鳴られた本人からだけでなく、まわりからもすぐに「ストレスである」という苦情が寄せられます。この程度でもだめなの? というものもありましたが、今思うと、私もスイスの環境になじんだとはいえ、大声(時には罵声)に仕事に対する情熱を読み取ってしまうメンタリティの持ち主なのですね。
スイスでは職場における満足度が高く、満足する人の割合がわずかながら高くなっていること示す調査を以前のブログで紹介しましたが、その一方で職場でストレスを感じる人の割合も高くなり、スイスの職場でも近年ストレスは大きなテーマになってきています。時間的制約、不明確な指示、職場の人間関係、時間外にも及ぶ仕事。これらのストレスは、この2010年の調査時に比べ、さらに増えているのではないでしょうか。つい先日も「上司が理由で仕事を辞めたことがある人は62%」との調査結果が多くのメディアで報道されましたが、人々の「職場のストレス要因=上司」の感情・潜在意識に働きかける部分が一人歩きしてしまった観があります。(というのも、この調査は仕事を辞めた理由に関するものではなく、他にどんな重要な理由があるかについては全く触れていません。また、この質問「これまでに上司が理由で仕事を辞めたことがありますか」は部下の立場の人たちに聞かれ、上司の立場である人々には「これまでに貴方の部下が貴方を理由に辞めたことがありますか」が聞かれ、その認識の違いを浮き彫りにするのがそもそもの調査意図だったと思われます。ちなみに、上司でその質問に「ある」と答えた人の割合は16%!)
大きなストレスは仕事へのモチベーションや集中力を下げ、仕事の質を低下させます。また、事故や体調不良、それによる欠勤などにもつながります。一時的にであれ、少ない人員で同じ量の業務をこなさなければならなければ、さらに時間的な制約は厳しくなり、ストレスはたまります。もちろん全くストレスのない仕事などそうそうないのでしょうが、大きくなってどうにもならなくなる前に手を打っておく必要があります。こちらのリンクには、ストレスに対する企業や個人の対策などが載っています。ドイツ語だけですが、ストレスの自己診断もあり、客観的に見てみるのも面白いと思います。
職場における満足度が高いスイスでは、人々はまだ何とかストレスとの折り合いをつけているのかもしれません。それでも尚、ストレスによって派生するコストは、例えば欠勤や生産性の低下に関する給与相当分だけでも、スイスで1年間に24億フラン(約2,754億円)と推測されています(2000年の数字)。およそ400万人と言われる労働力で割ると、一人当たり年間600フランです。大きいと見るか小さいと見るかは意見の分かれるところかもしれませんが、不要なコスト、減らしたいコストであることには異存はないことでしょう。
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