最低賃金法制に関して(1):22フランの高さ

最低賃金法定化を求める国民投票はその結果がNoであったことから、世界の国々からスイス国民は最低賃金を設けて労働者の生活を安定させようと考えないのか、と驚かれたのは確かですが、むしろその開票以前に22フラン(2,500円)という額を最低賃金にしようという提起自体が世界中を騒がせたようです。そんな高額を最低賃金にしようだなんて、スイスってそんなに給与が高いの?!という驚きです。

例えば、日本の2013年度の法定最低賃金は東京都の869円を最高に、都道府県によっては664円までの範囲で設定されており、全国の加重平均で764円です。また、隣国ドイツでは2015年からの8.5ユーロ(インターネットで検索すると日本では1,220円という報道が多いようです)の法定最低賃金導入に関してさまざまなニュースが伝えられています。

しかし、わかりやすい物価の比較に使われる”ビッグ・マック”のセットが1,500円近くもするということを考えると、スイスの給与は若干高くないと困ります。ただ、東京の最低賃金はビッグ・マック・セットの約1.3倍ですから、それと比較するとスイスの最低賃金22フラン(約1.7倍)の設定は少し高めなのかもしれません。

現実に国民投票の際は、この22フランという額は高すぎるという意見もよく聞かれました。地域や業種によっては全く現実的な額ではなく、また、主婦のパートなどで成り立っている業界や小さな企業、またそこで働いて補助的収入を得ている主婦等にとっても結局は打撃を与えることになる、と。 そういう主張がある反面、実際、この給与額未満の人の割合は全体の1割に満たないということを考えると、法定最低賃金としての額には議論の余地があるものの、目安として一般的には「全く非現実的」といって切り捨てるべき額でもないという気がしてきます。

低賃金だといわれる前述のパートタイムに関するデータを提供するものを探してみたところ、Bundesamt für Statistikの調査がありましたので見てみましょう。2010年の調査ですが、週40時間換算で月給3,986フランに満たない給与、つまり時給約23フラン未満の労働者は50%未満の短時間労働者の4人に1人に過ぎません。それに対し日本では、最低賃金制があり、それ未満の給与はないはずであるにもかかわらず、2013年の短時間労働者の平均時給は1,030円、年間に平均32,400円の賞与などがあるのでその分を平均労働時間で割って時給に算入してもようやくビッグ・マック・セットの1.6倍弱になろうかという値です(出典:厚生労働省「平成25年賃金構造基本統計調査」)。

つまり、ここから見えてくるのは、一律の最低賃金制度はなくともある程度は賃金水準を維持できているというスイスの姿です。その背景には、実は業種別・企業別の労働協約で最低賃金が定められていることが大きな要素としてあるのですが、それ以外にも雇用者側もあからさまなダンピングを良しとしない傾向にあるのではないか、と言ったら感覚的すぎ、飛躍しすぎでしょうか。先日は、スイス人は労働者でありつつ、消費者と経営者の視点を持つと書きましたが、経営者もまた、労働者と消費者の視点を常に意識しているような気がします。いずれこの仮説を検証してみたいものです。    

 

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