前回のブログでスイスの労働環境においては人間性が重視されていると書きましたが、では、スイスではユートピアのような職場環境が実現しているのか-勤務時間はEU諸国より若干長いかもしれないものの、趣味や家庭など個人生活と仕事のバランスが取れ、法律で規制しなくとも長期の有給休暇が取得可能で、育児や介護など、ライフサイクル上一時的に仕事だけに集中できない困ったときには雇用主が何らかの気を利かせてくれ、さらに世界的に見て給与も高い-というと、いや、そんなことはありません。
確かに、労働時間と有給休暇に関しては法律と契約がほぼ守られており、日本で一般に問題になっているような長時間労働や未消化有給休暇は労働者全体の問題ではありませんが、法律で定める以上の休暇や福利厚生があるのはやはり恵まれた職場と言ってよいでしょう。労働法規の観点から見た平均的な雇用条件は劣悪ではないけれども、素晴らしいというわけでもない、というのが実像だと思います。
そういうと、スイスも結局、企業の経済合理性追求のなかで労働者の生活は後回しにされており、人間性が重視されているなどといえないように目に映りますが、実はここに、注目すべき点が隠されています。いえ、それでも、スイスの労働環境では人間性を重視しているのです。ただそこには、人間性ということばを、隣人愛・人類愛的、博愛的、人道的なもの、経済活動つまりお金を得ることよりも純粋で重要なものと捕らえるか、経済活動と並立する現実的なものとして捕らえるかによるズレがあります。スイスでは経済成長のあくなき追及や市場原理の崇拝と、現実的な人間性が共存しています。その人間性が目指すものは、究極的な幸福や調和の世界ではないかもしれないけれど、与えられた環境と条件の中で人間らしい選択ができる社会なのでしょう。
OECD調査の「より良い暮らし指標(Better Life Index)」では、スイスは「雇用」と「生活満足度」の項目でトップですが、「仕事と生活のバランス」は中位程度です。仕事と生活のバランスはスイスにおける改善すべき重要な点かもしれませんが、逆に、それがなくとも多くの人は満足している、とも読み取れます。
スイスでは仕事に関する満足度は高いと言えます。2012年の調査では、職場における満足度は52.7%が「とても高い (Sehr hoch)」26.2%が「高い(hoch)」と答えています。Bundesamt für Statistik も、2004年の調査で一般的に仕事に満足度の問いに対する「高い (Hoch)」「中くらい (Mittel)」の和が93.4%であること、2007年の調査で65.8%が「とてもあるいはきわめて満足している (Sehr bis ausserordentlich zufrieden)」と回等していることをもって、スイス人の仕事に対する満足度は非常に高いと見ています。面白いことに、どちらの調査でも5年前の結果より満足している人が若干増えているのが見て取れます。
経済か人間かで人間に、仕事か生活かで生活に比重が置かれていなくとも満足できるとは、スイスはますます興味深い社会です。・・・というよりそもそもそういう考え方をしないのですからこの比較で物事を語るのは無意味と言うものでしょう。ここには労働環境を考える上で大きな発想の転換のヒントがあると思います。
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