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スイスの労働法規・労働条件とその背景について – hataraku.ch

スイスの労働法規・労働条件とその背景について

スイスの労働法規は緩い?

スイスの労働法規は緩いとしばしば言われます。労働法規はそもそも、資本主義の発祥段階において使用者に対して社会的・経済的に弱かった労働者を保護し、地位を向上させようという考え方のもと整備されてきた経緯があります。したがって、低賃金、長時間労働、重労働、劣悪な労働環境、不当な労働条件等から労働者を守り、使用者に対して交渉する権利を与えたり、就労中の事故などの場合の補償を定めたりするものです。職場における男女同権や育児・介護休業などを認めるものも含まれます。

私は他国の労働法規に特別詳しくはありませんし、法律の専門家でもありませんので、全般的に緩いとは断言できませんが、それでもスイスの労働法規が緩いと言われる背景はよくわかります。時短、ワークライフバランス、雇用の保護などを目指して法制度の整備が進んでいると言われるほかの欧州の国々に比べると法律上長時間労働等を認め、休業制度などが保証されていない傾向があります。

例えば、法定労働時間を見てみましょう。よく”時短先進国”として取り上げられるフランスは週の法定労働時間が35時間です。もっとも、この政策は失業者対策でもあり、他の欧州諸国がここまでのレベルを目指しているかというと疑問で、若干特殊な例として見る必要はあります。ドイツは組合レベルでの労働協約で週35時間が実現しているところもありますが、法的には1日8時間、週5日なら40時間で日本と同じです。イギリス、EU指令では残業時間を含め週48時間です。それに対し、スイスは45ないし50時間です。これには残業時間が含まれないので、残業時間の年間上限を週で割って足すと48.5または53時間弱ですから、確かにEUより若干長いと言えます。法定労働時間の遵守に関しても、それほど厳しい監視制度があるわけではありません。

また、スイスの有給休暇はEU指令と同じ最低4週間ですが、これを6週間に引き上げようという国民投票は2012年に反対多数で否決されました。休業制度に関して言えば、スイスには男女とも取得できる育児休業の制度は法的にはありません。出産した女性の産後16週までの休業が法的に保証されているのみです。介護休業など言わずもがな・・・。 解雇法制に関しては、これを書く際に参考にさせていただいた独立行政法人労働政策研究・研修機構データブック国際労働比較2014を見る限り各国の考え方に大きな差はないようですが、スイスでは通常高額の解雇手当などは必要なく特殊な判例等もないなど、実際の運用に関しても簡単で、ほぼ法律に書かれたそのままに使用者側から解雇を通知し労働契約を解消することが可能です。  

スイスの労働環境は劣悪?

しかし、それではスイスでは労働者の大半が長時間労働に苦しみ、家族との時間もとれず、企業の勝手な採用や解雇 Hire & Fire がまかりとおっているかというと、そうでしょうか?もちろんそういう事例もないわけではありませんが、全般的にそのような労働環境かと問われれば、私は違うと答えます。

なぜ劣悪環境でないかにはさまざまな背景・理由が考えられますが、ひとつには、法律が規定しているのは最低限であって、個々の契約ではそれ以上の条件が実現しているからというのがあります。多くの労働協約は週40~42時間を労働時間としていますし、協約のない業界や企業でも40~42時間の労働時間を設定しているところは多くあります。 ただ、それでもまだ他の”時短諸国”に比べると長めですが、実現可能性の低い短時間の労働時間で残業の影がちらつく労働契約より、むしろ実現可能な42時間をきちんと守ることをよしとする現実主義、と見ればこれもスイスらしく、特に法定労働時間は短いのに現実は長時間労働の日本と対比すると、実際には劣悪環境でない理由のひとつと言えます。

また、そもそも法制度より個々の契約に重きを置くからという見方もできます。最低賃金を法定化するのでさえ「それは法制度が介入すべき問題ではない」と拒む人たちの多いお国柄です。まず法律を作って、それで企業を縛って雇用を守ると考えがちな日本とはずいぶん感覚が違います。自分の雇用条件は自分で守るという自覚ともいえます。

法律で縛る以上の雇用条件が実現できる背景には、スイスの経済がおおむねうまく回っており、失業率も低く、労働市場での需要供給の力関係が割合安定しているという点が大きく寄与していると思います。しかしここで、なぜスイスの経済がうまくまわっているのかにまで考えを及ぼすと、それはそれでたいへん面白そうなのですが、長くなりそうなのでやめておきます。  

人間性の重視?

そしてもうひとつ、私が日本人の目から見てスイス生活で強く感じたことなのですが、法的には特別な保護がなくとも労働環境が守られている背景には、労働・雇用においても人間性が重視されていることが挙げられます。・・・というと少し大げさかもしれませんが、労働者は使用者にとって業務遂行マシーンではなく、仕事のほかにもさまざまな興味があり、使用者側の考える人材育成とは異なる人生設計を持っているかもしれない、出産もすれば育児もする、介護の必要な肉親がいるかもしれない、モチベーションによっては生産性も上下する、そういった生身の人間である、ということを理解した上で雇っている、と言い換えればわかりやすいでしょうか。

そのため、法律の縛りはなくとも、大きな企業では統一的な就業規則である程度の条件が整備されており、小さな企業はそのときの状況に応じてフレキシブルに対応しています。 さらに言えば、使用者は労働者をただの持ち駒ではなく、経営に必要な資源の供給先であり、目標を共有する同僚であり、お客様であり、ともにこの社会を構成する隣人であると認識していますし、そのように認識することが社会的にも求められています。したがって、法律で許されているからと言って、個人や社会にダメージを与えるような労働条件や採用・解雇では、やはり批判にさらされます。

スイスに来た初期の頃、私がよく耳にしてとても興味深く感じた言葉に “gesunder Menschenverstand”、直訳すると健全な人間の知性(「健全な」は「人間の知性」全体にかかります)、若干意訳すると人間の自然な判断力とでも言うべきものがあります。判断の基準をこの “gesunder Menschenverstand” におくことが多く、何かというと、”gesunder Menschenverstand” から考えると云々・・・というフレーズを聞かされたものでした。この言葉、英語の common sense に対応する言葉で、何のことはない、”常識”という意味なのですが、単に日本語で常識と言ってしまうより、人間性を重視した言葉であるように感じます。法律を守ることは最低限必要ですが、社会生活を営んでいく上ではそれ以上の人間の持って生まれた知性を働かせる必要がある、そんなことを言っているようで、労働環境にも大きな影響を与えている考え方ではないかと思います。  

 

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